「頑張りなさい」と言い続ける母をやめたい——関わり方を変えてみようと思う

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642回公開テスト、国語が最悪だった

第642回の公開テストが返ってきた。

国語が、最悪だった。

ほかの教科は、それなりに頑張ってくれたと思う。理科と社会は、言うことなし。算数も、塾の先生が「あと1〜2問取れたらいいところ」といつも言ってくださっているくらいで、悪くない。

でも、国語だけは違った。もう、どうしたらいいのかすら、わからない。点数を見て、頭を抱えるしかなかった。

そして、それ以上に困っているのが——国語に、どう関わってあげたらいいのかが、わからないことだ。教えることもできない。声をかければ怒ってしまう。手の打ちようがなくて、途方に暮れていた。

つい、「頑張りなさい」と言い続けてしまう

正直に書く。

国語が29点だったこともあって、私はつい「もっと頑張らないといけないよ」と言い続けてしまう。

「このままだと、行くところがないよ」

——そんな、きつい言葉まで、口から出てしまう。

言いながら、自分でも「またやってしまった」と思う。こんなふうに追い詰めるようなことを言っても、息子のやる気が上がるわけじゃない。むしろ逆だと、頭ではわかっている。それでも、国語の点数を見ると、怒りと不安が抑えられなくて、言葉がきつくなってしまう。

つい声をかけてしまう。つい否定してしまう。この、自分の関わり方を、どうにか変えたい。ずっと、そう思っていた。

すがる思いで、あるセミナーに申し込んだ

そんなとき、通っている塾から、一通の案内が届いた。

家庭での子どもとの関わり方についての、オンラインのミニセミナーだった。「そろそろ勉強したら、とつい声をかけてしまう」「子どものためと思いながらも、どこまで関わればいいのか迷う」——案内文に書かれていた言葉が、まるで今の私そのものだった。

紹介されていたのは、「識学」という考え方をベースにしたものだった。もともとは組織のマネジメント理論らしいのだけれど、それを家庭教育に取り入れて、子どもが自分で考えて、自分で学習を続けられる環境をどう作るか、という内容だった。

とくに惹かれたのが、子どもとの関わり方を**「教育」「ルール」「結果設定」の3つに分けて、過度な干渉を減らす**という考え方だった。

過度な干渉を、減らす。

——それ、まさに私に必要なことだ、と思った。

すがる思いで、申し込んだ。

ここから巻き返せると、思っているわけじゃない

正直に言うと、このセミナーを受けたら成績がぐんと上がる、なんて思っているわけじゃない。

国語29点。ここから巻き返せる、と楽観できるほど、現実は甘くない。それは、わかっている。

でも——変えたいのは、まず私自身の関わり方なのだ。

「頑張りなさい」「行くところがないよ」と言い続けてしまう母を、やめたい。つい声をかけて、つい否定して、そのたびに自己嫌悪に陥る。この悪循環を、断ち切りたい。

子どものためと思ってかけている言葉が、実は子どもを追い詰めているのかもしれない。過度に干渉することが、かえって子どもの「自分でやる力」を奪っているのかもしれない。だとしたら、私が変わることで、何かが変わるかもしれない。

この関わり方を、打破したい

成績のことは、正直まだ、先が見えない。国語をどうしたらいいのかも、わからないままだ。

でも、今の私にできることのひとつは、「関わり方を変えてみる」ことなんじゃないかと思う。

怒ってばかりの母から、少しでも抜け出したい。声をかけすぎるのをやめて、息子が自分で考えて動けるように、一歩引いてみる。それができたら、親子の関係も、少しは変わるんじゃないか。

うまくいくかは、わからない。今までさんざん、うまくいかなかったのだから。

それでも、今の関わり方のままでは、私も息子も、たぶん苦しいだけだ。だったら、変えてみる価値はある。すがる思いで申し込んだこのセミナーが、その第一歩になればいい。

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