絶望した。母はこんなに頑張ったのに

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D判定が並んだ

合否判定テストの結果が返ってきた。

正直に、そのまま書く。絶望した。

第1志望から並んだ判定は、ほとんどがD。前回はC判定やB判定だった学校まで、軒並み下がっていた。「逆転できていますように」と、あれだけ祈っていたのに。返ってきたのは、その真逆の結果だった。

画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

母はこんなに頑張ったのに

いちばん最初に込み上げてきたのは、この気持ちだった。

——母は、こんなに頑張ったのに。

塾弁を作って、早朝から送り出して、帰りを待って。夏のあいだ、私は私にできることを、精一杯やってきたつもりだった。生活のすべてを、この子の受験に合わせてきた。

なのに、この結果。

自分でも、勝手な言い分だとは分かっている。テストを受けたのは私じゃない。頑張るのも、頑張らないのも、本当は息子自身のこと。それでも、「母はこんなにやったのに」という気持ちが、どうしても抑えられなかった。

やっぱり、サボっていたんだ

冷静に考えて、思い当たることがある。

この子は、たぶんサボっていた。

夏期講習の復習テストが最悪だったのも、今思えば予兆だった。塾には行っていた。早朝特訓にも通っていた。でも——「やっているつもり」で、きっと頭の中はぼーっとしていたんだと思う。席に座っているだけで、中身が入っていなかったのかもしれない。

家での様子も、最近おかしかった。やりたくなさそうに、机の前でぐだぐだしている。声をかけても、身が入っていない。「まあ、疲れてるのかな」と見逃していたけれど、あれは全部つながっていたんだ。

塾に通った時間の長さと、頭を働かせた時間の長さは、別物だった。私はその二つを、勝手に同じものだと思い込んでいた。

いちばん大事な教科が、いちばん悪い

数字を見て、もうひとつ突きつけられたことがある。

得意な理科と社会は、いい。でも、いちばん大事な国語と算数が、悪い。

うちが目指しているのは、この2教科で点が取れることが大前提の学校ばかりだ。理科や社会がどんなに良くても、国語と算数がこの状態では、話にならない。それは、私が誰よりも分かっている。

得意なところで喜んでいる場合じゃない。勝負どころで、点が取れていない。この現実が、いちばん重かった。

心を鬼にしようと思う

実は、ひとつ約束をしていた。

「D判定なら、文化祭には行かない」

9月に、志望校の文化祭を予約していた。息子が楽しみにしていたイベントだ。でも、その約束通りなら——今回は、行かないことになる。

正直に言うと、私はいつも息子に甘い。ここで「かわいそうだから」と、連れて行ってあげたくなる自分がいる。去年も文化祭に行った。でも、あのときも息子のやる気が上がることはなかった。それでも、少しでも前を向いてほしくて、揺れている自分がいる。

でも、今回は心を鬼にしようと思っている。

約束は約束だ。ここで甘い顔をしたら、「約束は破ってもなんとかなる」と教えることになる。それだけは、したくない。(この件は、夫とも相談して最終的に決めるつもりだ。)

甘い母が鬼になるのは、子ども以上に、親のほうがしんどい。

それでも、明日は来る

こんなに絶望しても、明日は来る。

まだ小6の9月。入試までは、まだ時間が残っている。国語と算数を、ここから本気で立て直すしかない。今日つきつけられた現実は、早く気づけたぶん、まだ打つ手があるということでもある——と、頭では分かっている。

でも今日だけは、この絶望を、正直に書いておきたかった。

母だって、へこむ日がある。前を向くのは、また明日からでいい。

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