我慢が、ついに爆発した
合否判定テストの結果が出た日。
息子が小学校から帰ってきて、その態度を見た瞬間、私の中で何かが切れた。
不満が爆発して、不甲斐なくて泣いてしまって、「なんでサボったの」と詰め寄ってしまった。
——母も、人間でした。ちゃんと、心があるんです。
普段はできるだけ穏やかに、と思っている。でもこの日は、どうしても抑えられなかった。私は転職までして、遊びにも行かず、ひたすら息子のために仕事を調整してきた。体も心も悲鳴を上げているのに、無理して頑張ってきた。その我慢が、ついに限界を超えてあふれ出してしまった。
「Dなら文化祭は行かない」の約束から、噴火
追い打ちをかけたのが、文化祭のことだった。
「D判定だったら文化祭には行かない」——そう約束していた。だから「今回は行かないよ」と言った。
そうしたら、息子のわがままが始まった。そこにも、私は噴火してしまった。
息子は、ちょっと成績が伸びたところをアピールしてくる。でも、そんなところ、今は評価できない。だって、判定はDなのだ。前回はCだったのに、Dに転落している。伸びた一部分を持ち出して、都合の悪い全体から目をそらそうとする——その態度に、また火がついた。
「ママは、馬鹿にされている」
爆発の底にあったのは、たぶんこの気持ちだった。
息子にとって、ママは適当にあしらっても大丈夫な存在なんだ。「なんでもいいよ」と許してくれると思って、どこか馬鹿にしている。だから、あんなに反抗的な態度が取れるんだ——。
そう思ったら、もう止まらなかった。
「このままだと中学受験、無理だよ」 「パパは清風南海か西大和しか行かせないって言ってる。このままだと100%受からないよ」 「受からないのに、ママはいろいろ我慢して、応援しないといけないの?」
言いながら、涙が止まらなかった。
転職して、必死で働いて、家のこともして、塾のために仕事を調整して、あなたのために必死でやってきた。それなのに——やらない人に、そこまでして応援しないといけないの? そう叫んで、泣いてしまった。
言いたい放題、言ってしまった
「理科と社会だけ頑張ってもダメだって言ってるやん。算数と国語を頑張らないと。なんでできないの? 頑張れないの? サボるの?」
「やりたくないとか言って、ぼーっとしてだらだらしてるやん。今ダメだっていう判定が出てるのに、なんでもっと必死になれないの?」
……本当に、言いたい放題だった。
書き出してみると、我ながらひどいことを言っている。11歳の子どもに、ここまで言うか、と思う。
頭では、わかっているのに
わかっている。頭では、ちゃんとわかっているのだ。
まだ小学生。11歳の息子には、意味がわからないことだってあるだろう。本人なりに、きっとやってはいる。そう信じていたはずだった。
でも、結果が伴わないと、どうしてもがっくりきてしまう。大金を注ぎ込んで、私の労力も注ぎ込んで、何もかも我慢して——その結果がこれか、と。悲しくて、悲しくて、たまらなかった。
理想の母親なら、こんなとき、笑顔で「大丈夫、次があるよ」と言えるのかもしれない。でも私は、そうできなかった。それが、今の私の、正直なところだ。
それでも、揺れている
そんなふうに爆発しておきながら——。
息子が塾に行っているあいだ、私はこう考えている自分に気づく。
「やっぱり、文化祭に連れて行ってあげたほうがいいのかな」
さっきあんなに「行かない」と啖呵を切ったのに。矛盾している。でも、これが親心なのだと思う。厳しくしたい自分と、甘やかしたい自分が、同じ心の中でずっと揺れている。
今夜も、神経が逆立って、きっと眠れないんだろうな。
母だって、こんな夜がある
きれいな話じゃなくて、ごめんなさい。
でも、これが中学受験をしている母親の、いつわらざる本音だ。穏やかに見守れる日ばかりじゃない。爆発して、泣いて、言いすぎて、後悔して、それでもまた明日が来る。
もし同じように、我が子に感情をぶつけてしまって、眠れない夜を過ごしている人がいたら——あなただけじゃないよ、と伝えたい。
母も、人間だ。心がある。だから、こんな夜もある。
それでも、朝が来たら、また日常が始まり、何事もなかったかのように塾弁を作るんだと思う。

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